自転車のロマンス@自転車博物館

最近、活動再開した中国人留学生のりんごです。

来日して6年間、私にとって非常に重要な存在があります。ずっと私のそばにいてくれて、一緒に買い物に行ったり、一緒にバイトに行ったり、雨にも負けず風にも負けず、私の行きたいところへ全部連れていってくれます。その存在は自転車です。

自転車がこんなに重要になることを、私が来日する前には想像できませんでした。大変恥ずかしいことに、日本に来る前に、私はほぼ自転車に乗れませんでした。大学時代の夏休みのときに、家の前でちょっとだけ練習したことがありますが、自転車で街に出たことがありませんでした。日本に来てから初めて自転車に乗って街に出ました。このエピソートを日本人の友人に話したときに、みんなが驚いていました。「ウソ?中国は自転車大国でしょう?30年前に中国の北京に行ったときに、自転車が道路を埋め尽くしたよ。自転車に乗れないなんて」というリアクションでした。

中国は自転車大国???

中国人の私はこのような認識が全くありません。逆に、私は日本に来たときに日本の自転車の多さに驚きました。日本こそ自転車大国ではないでしょうか。どこでも駐輪場があります。コンビニやスーパの前にもいつも自転車たくさんあります。また、子どもの送迎など様々な場面で自転車が活躍している光景が新鮮に目に映ります。特に、日本人のお母さんの自転車を見て、お子さんが何人いるかをかなり当てることができます。日本人のお母さんは本当に強いと思います。前に子供1人を乗せ、後ろにも子供を1人乗せ、平気に自転車に乗れることをすごく尊敬しています。私は日本で、2回も自転車から転倒してしまい、膝を怪我しました。やはり下手すぎです。

自転車は中国語で「自行车」であり、自ら「行く」という漢字ですが、なぜ日本語では、自ら「転ぶ」という漢字になっていると疑問に感じました。ここの「転」は回転の意味と友達に教えてもらいました。

私は子供のときから大人になるまで、中国の街中に自転車だらけの風景を見たことがありませんでした。調べたところ、やはり90年代末以降(ちょうど私が生まれた直後)、自転車が一気に衰退していったそうです。今は、ほとんど電動バイクに置き換わっています。

この前、鉄砲館を見学したときに、堺では、鉄砲製造技術は、自転車の部品製造にも生かされたことを教わりました。そこで、堺には自転車博物館があることを知り、見学に行ってきました。堺の自転車博物館はなんと日本唯一の自転車博物館です。

行ったときは9月で、まだ夏ですね。今は緑が全部赤く染まっているでしょう。

外から見える自転車博物館です。空色の車輪はとても綺麗です!!!

自転車博物館の入り口です。

館内に入ったら、各年代で活躍していた様々なデザインの自転車が展示されています。自転車の歴史だけでなく、自転車と堺の深い関係も勉強することができます!

自転車が堺に現れたのは、自転車の時間貸しが始まり、大変流行っていたという1900年頃だそうです。しかし、当時初めて自転車に乗ったような慣れない人々が乗るので、衝突や転倒が頻発し、特に前輪がよく壊れたそうです。それを堺の鍛冶屋が修理したので技術が発達し、修理用部品が手作りで生産されるようになりました。

こちらはドイツ人により1818年に発明された最初の木製自転車レプリカです。その発想は非常に素晴らしいと思いますが、絶対乗りにくくて、転倒するだろう。

この三輪自転車を見た時に、私は1980年代の上海を背景とした映画の中のシーンを連想します。後ろの椅子の部分はもっと広くて、黒い幌が付いています。その時代には、三輪車に乗れるのがお金持ちの人であり、三輪車の幌から出てくるのは坊ちゃんかお嬢様です。子供のときは、三輪車に乗ることに憧れていました。

実は、私の故郷の温州は未だに人力の三輪車があります。私の高校時代も、大学時代(2007年〜2011年)も、よく三輪車を利用していました。その理由は、三輪車はタクシーと違って、値切ることができるからです。あのころは、2人で乗ると、スタートの金額は7元(100円)でした。30分以内の距離なら、100円で足ります。

今は、北京や上海のような大都市には、観光用以外の三輪車の姿がありませんが、温州などの地方都市では、三輪車はまだ交通手段として活躍しています。しかし、昔と違って、三輪車があふれており、誰でも乗れるようになりました。三輪車のデザインもイマイチで、幌が付いても乗る時に顔や体が丸見えで、三輪車から降りたときは、全くお嬢様気分はありません。

昔の日本でも、交通手段として三輪車もあったでしょう。三輪車はいつから日本社会から消えていたでしょうか。なぜ中国は未だに人力の三輪車が淘汰されていないでしょうか。なかなか興味深いです。

こちらの自転車はすごく面白いです!芸術品ですね。まるで、上海の雑技団のパフォーマーが乗りそうな一輪車です。

こちらの荷物を運ぶ自転車もなかなか面白いです。

博物館の2階には、たくさんの現代の自転車が展示されています。

こちらの自転車は物語のある自転車です!この自転車は、世界を一周したのです。4年をかけて、全部で約55000kmを走っていました。パートナーの坂本達氏と一緒に、世界の景色を見て、困難を乗り越え、世界各国の人々と会ってきたのですね。なんかロマンを感じます。

大発見です!日本の自転車の発電機の仕組みが紹介されています!これだ!

実は、私は日本に来たばかりのときに、自転車にはライトが付いていることを知りませんでした。夜間のバイト帰りに、警察に呼び止められたことがありました。「ライトをつけてください」と言われたが、私は戸惑い、「ライトがもともとないです」と答えました。そして、警察に教えてもらえて、前輪にあるレバーを降ろしてもらいました。そして、私が自転車を漕ぐときに、本当に光がつきました!凄すぎます!中国の自転車はこの機能がありません。

編集長は中国の杭州で自転車を借りたときに、夜真っ暗になって自転車にライトがないことにすごく困って、完全な闇で何も見えないまま、友人の自転車の音を頼りについていった経験があります。編集長、よく無事に生き残りましたね。

私の大好きな映画の中のシーンの中で出てきた自転車のライトが、まさか私が中古屋さんで買った自転車にもついているなんて当時大変感動していました。ただし、ライトをつけると、自転車に乗るときに、非常に重く感じ、坂に登るときはすごく大変でした。その後、日本ではこのような発電式の自転車がかなり普通であることを知りました。

私の大好きな岩井俊二が監督した「ラブレター」という映画の中で、同名同性の男女の主人公は、試験の答案を取り違えて、教室の中で交換するのが恥ずかしくて、なかなかできなかったため、女の子は放課後に学校の駐輪場で待っていたシーンがありました。日が暮れて、男の子は答案を合わせたいため、女の子は手で自転車のペダルを回して、自転車のライトがつくというシーンでした。非常にロンマチックでした。このシーンは青春映画の中で最も好きなシーンです。映画は1995年の作品ですが、自転車の仕組みは未だに残されているということですね。

中国の自転車はこのような絶妙な仕組みがないですが、青春映画にも欠かせない存在です。それは、白いワンピースを着ているヒロインが男主人公の自転車の後に座っていて、青空の下を走るというようなシーンです。ほぼ全ての青春映画には登場するシーンです。これは今時の日本の青春映画も同じだそうです。残念ながら、現実には、自転車で人を乗せるのは交通ルール違反の行為です。

また、自転車の模型もたくさんあります!あ!「魔女の宅急便」の中で登場した飛行機自転車です!隣の子は倒れています。

自転車博物館を出る前に、私はスタッフさんに倒れた子のことを伝えました。こんなに真面目な見学者がなかなかいないかもしれないと心の中で自画自賛していました。

他にも数え切れないほど様々な自転車が展示されています。ここでは、紹介しきれないので、割愛します。皆さんも是非見学に行ってみてください。

以上りんごの堺たびでした。

営業時間:10:00〜16:30(入館は16:00)

閉館日:月曜日(祝日と振休は開館)・祝祭日と振休の翌日・年末年始

アクセス:JR阪和線「百舌鳥駅」から徒歩11分

 

 

 

さかマガ12月号発行中
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