りんごの堺和菓子食べ歩き〜かん袋・くるみ餅〜

方向音痴で、甘党の中国人留学生のりんごです。

りんごの堺和菓子食べ歩きの第2弾は、かん袋にしました。

さかにゅーの会議中、ソロデビューが決まったときに、スタッフさんに「何に興味を持っていますか」と聞かれましたが、そのとき、「老舗の和菓子」と「深夜食堂のような居酒屋」と答えました。さすが女一人で居酒屋はちょっと無理です。和菓子の老舗については、「かん袋」を教えてくれました。堺の人はみんな知っているそうです。

今回も場所だけを調べて、同じく宿院駅に降りて、行ってきました。けし餅小島屋からまっすぐ歩けば着くと書いているので、迷わずに順調に着きました。店に着いたのは午後4時頃でした。店は17時までやっていますので、この時間帯なら絶対空いていて、すぐ食べれるだろうと私は思っていましたが、なんと長い行列になっています。

店の建物はすごく歴史を感じます。普通の建物と違って、後ろもこのような形なら、六角形になっているのではないか。

外側はこんな感じですが、店内もたくさんの人が待っているでしょうね。

やはりそうでした。やっと店内に入りました。閉店間際にもかかわらず、たくさんのお客さんがいました。私は非常にびっくりしました。そして、私の番を楽しみにしていました。

注文はカウンターで行われます。後ろにもたくさんのお客さんが待っているので、メニューを写真に撮る余裕がありませんでした。メニューの内容は非常にシンプルであり、「くるみ餅」と「氷くるみ餅」だけでした。欲深い私はもちろん、両方とも注文しました。くるみ餅1人前360円で、氷くるみ餅も1人前360円で、全部で720円でした。番号札をもらって、私は席に座りました。

なかなか面白い番号札です。まるで巨大バージョンの御神籤みたいです。

待っている間に、私は店内を観察しました。

壁には「この道一筋」という額がかかっています。

店には小さい庭園も設けています。まるで飾っている木の額縁に囲まれている絵みたいです。

普通のくるみ餅です。茶碗は非常に面白いです。

こちらは氷くるみ餅です。くるみ餅はどこにあるでしょう。かき氷の下にちゃんとありました。

お茶はセルフ式であり、おかわりができます。

私は早速食べ始めました。白玉は非常に柔らかいし、上にあるあんもすごく滑らかでした。普通に食べるのはすごく美味しかったですが、氷くるみ餅の方が、白玉も冷たく感じて、甘みがさらに控えた感じで、夏にぴったりです。私は氷くるみ餅の方がもっと好きです。あんこの味ですが、いつも食べるあんこと違います。見た目は仙台で食べた「ずんだ(枝豆)餅」とすごく似ていますが、風味がちょっと違います。その味について、私の日本語の語彙力だと、説明するのは難しいです。

あれ?このくるみ餅は私がイメージしたものと全く違います。食べる前に、お餅の上に、かけられているのはクルミ(胡桃)で作られたものだと思っていました。「この緑のあんでクルミですか。クルミパンのクルミ?」と左側の隣のお客さんに聞いたら、そのお客さんは思わず笑ってしまいました。「あのクルミではなく、餅を包む(くるむ)という意味で、くるみ餅と呼びます」と教えてくれました。

ちょっと汚くてすみません。食べ終わったときに、かん袋の文字を発見しました。

隣のお客さんは仕事関係で、遠方から堺に来ました。お兄さんは堺の出身で、お土産でいつもくるみ餅をもらっていたが、店で食べるのは初めてだそうです。千利休の屋敷にも行きたいと言ったので、私は行き方を教えてあげました。さかにゅーの仕事が早速役に立って嬉しいです。

最初は店の前の行列を見たときに、この時間帯でこのような行列というのは、テレビで紹介されたばかりからかなと思い、地元の人々はいつでも食べれるし、そんなに来ないのではないかと思い込んでいました。右側の二人のお客さんにもプチインタービューしました。そのお二人は堺に住んでいます。よくこの店に来ていますが、いつも行列になっていると言いました。本当に地元の人々に愛されている店ですね。

また、店の名前については、多分、優しいお母さん(おかん、お袋)の味のようだから、かん袋になったのではないかなと妄想していました。店でもらったパンフレットを読んだところ、豊臣秀吉がつけた名前だそうです

かん袋は、鎌倉時代末期、元徳元年(1329年)に和泉屋徳兵衛が和泉屋という商号で御餅司の店を開いたのが始まりです。ということは、688年の歴史もあります!!!くるみ餅を700年近く守り続けてきましたね。本当に、「この道一筋」にぴったりです。

安土桃山時代に豊臣秀吉が大阪城を建てたときに、堺の商人たちへ多額の寄付を要求したので、そのお礼にと、商人たちを大阪城に招いたのです。そのとき、ちょうど天守閣の屋根を瓦で覆う作業をしているところでした。当時の「和泉屋」の店主である和泉屋徳左衛門(いずみや とくざえもん)は日差しのなかで、職人が一枚一枚瓦を運んでいるのを見て、これは大変な作業だと思い、毎日手伝いにでかけました。彼は餅作りで鍛えた腕力をいかして、瓦を次から次へと屋根の上に放り上げたのです。瓦は春風にあおられて、まるで紙袋がひらひらと舞い散るように屋根に上がっていって、そばにいる人々は感嘆の声を発したそうです。

その様子を見た秀吉が、「かん袋が散るさまに似ている」とその腕の強さを讃えました。そして「以後店名を『かん袋』と名付けよ」と命じたことから、「かん袋」が和泉屋の商号になったのだそうです。

以上はかん袋のホームページより引用・要約しました。

素敵な話ですね。餅作りの仕事は他の仕事にも活かせるということですね。特に、堺の商人の熱心に人助けをする心に私は感嘆しました。

今回やや残念なことに、店員さんがあまりにも忙しくて、全然話す機会がありませんでした。くるみ餅の上にかけている緑のあんこは一体何でしょうね。また食べに行きたいと思っています。

以上りんごの堺和菓子食べ歩きでした。

アクセス

最寄り駅は阪堺線の寺地駅から徒歩3分;店のすぐ対面には駐車場が設けています。

営業時間:午前10時〜午後5時(火・水曜日は定休日で、国民の祝日には営業、他の日に振り替えて休業)

さかマガ5月号 4/20発行!!
さかマガ5月号 4/20発行!!