【お仕事発見!南大阪の輝き人!】 北越配送株式会社【さかにゅー求人】:

いい会社は職場としても魅力的で、そこには輝くお仕事人がいるはず。そんな切り口でお届けする【お仕事発見!南大阪の輝き人!】。今回ご紹介するのは「配車」という一般にはあまり聞きなれないお仕事で輝いているという大西克拓さん。職場は泉北にある北越配送株式会社さんです。

配車って一体どんなお仕事なのでしょうか?

 

■日本の流通の要となる「配車」

 

北越配送株式会社は幹線道路からすぐの道路沿いにありました。駐車スペースに並んでいる車は乗用車ばかりで、大型トラックどころか軽トラックも見当たりません。どうやらいわゆる運送業とは違うようです。

▲営業課係長の大西克拓さん。

 

――「配車」というのは一体どういうお仕事なのでしょうか?
大西「私もこちらに就職した時には、両親や友人に説明するのに困りました。見てのとおりうちに走る車があるわけではないのです。例えば工場で製品を作っているお客様がいて、製品を荷物として運ぶ時に運ぶ車が無い。そんな時、車を手配する仕事が「配車」で、私たちは仲介業になります」
――工場から直接運送業者の方に頼まず仲介で「配車」を頼むお仕事が発生するシチュエーションとしては具体的にはどんな時があるのでしょうか?
大西「たとえば荷物が多い時ですね。工場で作った製品がトラック15台分になったけれど、普段お付き合いしている運送業者さんには10台しかトラックがない。残った5台分どうするねん。そんな時うちの出番になります。うちは数百社の運送会社との取引があるので、仮に100台の車を持っている100社とつながりがあれば1万台の車があるということになりますよね。それにお客様も、初めて連絡するような所だと信頼できるかどうかわからない。それこそ昔は家電なんかだと荷物を頼んだトラックごとどこかえ消えてしまったなんてこともあったそうです。トラックだけ見つかったけれど中身は空っぽだったとか。適当な所に頼むわけにはいかないので、ちゃんと実績のある所に頼みたいのです」
――北越配送さんとの信頼関係があればその点大丈夫ですよね。
大西「工場のお客様はあくまで作る側のプロフェッショナルなのであって、運ぶことについてプロなわけではありません。荷物によって向き不向き、積める積めないがあるのです。大きな木材を引越し屋さんが運べるかというと難しい。運ぶトラックだって、ウィング型がいいのか平ボディ型がいいのか色々ありますし、運送会社にも得手不得手がある。べニアを運ぶのが得意な会社、機械が得意な会社、柱が得意な会社」
――なるほど。たとえば運ぶのが難しかったり、特殊だったりする荷物だとどんなものがありますか?
大西「そうですね。工事現場に置く仮設の事務所とかがあるでしょう。あれをあのまま運ぶのは大きくて大変で出来る所が限られています。簡易トイレなんかも、使う前と使う後の違いもありますが、運ぶのを喜ばれない荷物ですね。また、小さいものでも精密機械やロボットなどで、それ一つしかなくて1億も2億もするような荷物だと高すぎて、万が一の時に弁金で大変なことにもなりかねない。そんな荷物も難しいですね。他には、いつまでにこの荷物が届かないと工場全体が止まってしまうとか、休日の日曜日に積み込んだり降ろしたりする手配も難しいですね」

 

▲大西さんは普段でも受話器2刀流を使いこなす!?

 

――時間の問題もあるので、タイミング良く車があるかないかというのもありますよね。
大西「昔と違って今は情報も荷物のやり取りも増えたので、荷物を運んできた車を空で帰らせることはありません。発便と立便(帰り便)というのですけれど、昔みたいに空で帰られたら、日本中に荷物が溢れてしまいます。たとえば関東に運ぶ荷物がある時に、関東から関西へ荷物を運んできた車が無いかを調べるのですけれど、運送会社さんにしてみればなるべく発便の荷物を下ろすところと、立便で荷物を積み込む所が近い方がいい。同じ市内で手配してあげられたりしたら、運送会社さんにも感謝されますね。そこは配車マンの腕の見せ所です」
――配車が難しい時期もあるのですか?
大西「年末の12月や、大手の引っ越し屋さんの応援に運送会社も入る引っ越しシーズンの3月は車が無くなりますね。お客様からは往復分の料金を出すから車を出して欲しいと言われることもあります。大規模災害の時も、一般の荷物に加えて救援物資の運搬で車の手配が大変になります。先日の福井県の雪や、熊本の震災、東日本大震災がそうでした。東日本大震災の時は、うちにある十何本の電話回線がひたすら鳴りっぱなしで、1人で受話器をいくつも持ち続けるような状態でした。逆に製造大手に不祥事やトラブルが起きると下請けの工場も影響を受けて、突然物流が止まったりします。本当に世間の流れと直結している仕事だなと思います」

物流は、日本という体の健康状態に左右される血液のようなもので、「配車」は血液の流れをスムースにするための仕事だと言えそうです。そんなお仕事で輝くためのコツは一体何なのでしょうか?

■やる気1つを、実直に積み重ねて

 


――今では若手の中でも活躍して評価も高いという大西さんですが、元々こちらの業界を御存じだったのですか?
大西「いえ。前職は製造業でした。手に職をつけたくて、高校も工業高校で大学も自動車整備の大学に行って、そうした仕事を志していました。しかし、就職して半年もしないうちに、急に食堂に全員が呼ばれて会社が危ないので辞めたい人間は自主的に辞めて欲しいと言われたのです。まるでドラマみたいでしたね。いつまでもここで働くのは違うなと思っていたこともあり辞めることにして、新しい職場を探しました。体を動かすことが好きなので引っ越し屋とか動いてやることもしたかったのですが、何十年も勤めることを考えたら年をとるとそれも難しい。座る仕事に就こうと探している時に、運送関係で座ってやっていけるということだったのでこちらに就職したのです」
――まったく知らないまま仕事をするようになって、やりがいを感じるようになったのはどんな時ですか?
大西「最初はこの仕事の意味も分からず漠然としていました。面白くなってきたのは入って半年、一年ぐらいでしょうか。それまでは余裕もありませんでした。配車の手配が、自分でもうまくできるようになってきて、堺で空車になった車に堺の荷物を探してあげて喜ばれたりして、ようやくやりがいを感じるようになりました」
――配車の仕事をやる上で大切な資質や能力などは何があるでしょうか?
大西「よく言うのですが、本人のやる気1つです。覚えることはすごくあるのですが、書いておけばいいので全部覚える必要があるわけではない。頭が良ければいいとか、記憶力がすごくいるかというと、いるのはいるけれど、すごくいるわけではない。ただ、ひたむきにやるやる気によって差が出てくるのです。たとえば、お客様から荷物の手配を受けた時に、電話を10件かけて探すのか、20件なのか、30件かけるのか、そこで差が出てくる。会社からもらっている情報は一緒なのです。でも、もらった情報を使うだけにするのか、情報を整理するなどして活用する工夫をしているのか、そんなことでも違ってきます。やる気は気持ちと捉える人は多いです。もちろん気持ちも大切だけれど、自分がここで仕事を出来るように、やれることをやることが大切なのです」
――確かにやる気を出せといわれても、気持ちだけで終わってしまうことが多いですよね。
大西「やる気があるのかと言われてありませんって答える人はいませんからね。でも素直に人の話が聞けるか聞けないかでも違うと思うのですよ。私も入社したての頃は何もできなかった。でも、自分が最低限できることはやろう、教えられたことはやろうと思ったのです。うちは電話仕事ですから、3コール以内に取りなさいと教えられました。会社にはどんどん電話がかかってきますけれど、上の人は応対で忙しくてなかなか電話が取れません。だったらせめて誰よりも電話を取ろうと思いました。新人の頃にはそれぐらいしか出来ることがないですからね」
――お客様や会社からの大西さんに対する評価につながったのも、それをやり続けてきた成果なのですね。
大西「普通の人が100件配車するところを、120件配車したとか、そんな数字で違いが出る仕事だったらわかりやすいのでしょうけど、目に見えにくい仕事ではありますね」

 

■従業員自身の名前がブランド


――では、勤務時間や勤務環境など、職場としての北越配送株式会社はどんな特徴がある会社でしょうか?
大西「7時50分には全員が席には座っていて朝礼があって、18時半に終業で仕事はぴたっと終わります。休みは日曜日と、土曜日は週替わりで休みの日と勤務が短い日があります。就業時間が決まっているので、自分の趣味の時間や好きなことをしたい人には向いていると思います。仕事は仕事、家庭は家庭でちゃんとできます。まれに手配した配送業者さんの車が荷崩れなどのトラブルが起きる時もありますが、そんな時も対処するのは私たち上の役職のやることです。新人が関わることはないので、規則的でやりやすい職場だと思います」
――福利厚生面はどうでしょうか。
大西「20才でこちらに就職する時に何もわからなかったので、面接を受けた所の条件を全部親にみせたら、ここの福利厚生が一番いいと言われました。手厚い方だと思います。昇給も一年に一回あるし、仕事の評価に応じて昇格もあります」
――育休制度など、子育てに関する配慮はどうでしょうか?
大西「実はいままで男性ばかりの職場だったので、育休に該当するタイミングがこれまでなかったのです。ただ、今は丁度職場が大きく若返って平均年齢が30代にまでなりました。雰囲気は若い人も馴染みやすい職場だとは思いますし、20代の若い女子社員もいますので、今後は子育てにも配慮することが必要になってくるでしょうから、制度を整えていこうとしているところです。実は、私がここに就職を決めた決め手は、創業者である現会長で当時の社長と1時間も話をして、こんなにも従業員を大切にしようとしている会社はないだろうと思ったことなのです。どんな従業員にだって家庭がある。従業員の家庭や子どものこと、後々のことまで考えたいと。その時にこんな人の下で働きたい。ここで働きたいと思ったのです」
――会長のその言葉を大西さんが実感した時はありますか?
大西「今は社員も多くなって出来なくなってしまったのですけれど、昔は会長が社員とその家族も一緒に旅行に行ってくれたこともありました。私がバイク事故で病院に行った時も、病院に飛んできてくれたり、社員の病気や入院の時にも親身になってくれる方です。そして、仕事の上での社員に対する信頼が強いですね」
――トップから信頼されているというのはいいですね。
大西「うちは品質にこだわっている、品質が間違いない会社をモットーにしています。会長曰く、運送会社が事故をしたら、それは運転手さんや運送会社さんの責任ではない。ちゃんと指示ができなかった配車マンの能力の低さのせいなのだと。うちでは仕事を引き受けて、運送会社に投げて終わりじゃない。ちゃんと伝えるべきことを伝える。お客様によってはとにかく安くしてくれと言われることもありますが、うちではこの値段でないとその品物はお引き受けできないということもあります。値段が安いと、運送会社さんも十分な仕事が出来ないことになります。これも会長が良く言うのですが、のの字が取れたらただの人やと。北越配送の大西であって、のの字が取れてただの大西になったら何者でもない。あくまで看板ありきの仕事です。そうだけれど、必ず自分の名前を言いなさいと。私たち配車マン1人1人の名前がブランドなのだと。私たち自身が自分の仕事に自信を持ってないと配車は組めません。不安な気持ちで仕事をしていたら、お客様にそれが伝わって、不安になったお客様から会長に直接電話がかかってきたりします。でもそんな時に会長は『うちの担当者が出来ないといったら、それは誰にも出来ない。私にも出来ません』と即座にはっきりと言ったのです。そこまで言われたら頑張るしかないじゃないですか」
――それは100%の信頼ですね。

――では最後に、大西さんの今後の目標を教えていただけますか?
大西「サラリーマンとしては社長を目指しています。会長も社長も、ここにいる人間には誰にでも平等にチャンスがあると言っています。最終的にどうなるかはわかりませんけれど、最初から骨を埋めるぐらいの気持ちでやってきましたし、簡単ではないですけれど、北越配送が人を思ってやってきたこと、真面目にやってきたこと、会長や社長の気持ちや想いを引き継いでやっていきたいと思っています」
会社に車や形のあるものがあるわけではない。トップが従業員を信頼することで、目に見えない信頼というものがブランドになる会社として成長したのでしょう。電話ひとつに、やる気と自信で日本の物流を支えるのが北越配送株式会社のお仕事の魅力といえそうです。若い職場は、ブランドを一緒に作り上げていく新しい仲間を募集しているそうです。興味のある方は、ぜひご一報を。

さかマガ8月号 7/20発行!!
さかマガ8月号 7/20発行!!